晴輪物語【始記】19 涙

観光

意気揚々とジトメザルの本拠地へ向かった

偵察はすでに武具防具の素材集めの時から地味にやっていた

ボスがいるであろうアジトもすでに大方の場所は把握している

 

本拠地の近くにくると、一匹のジトメザルが目の前に落ちてきた

どうやら木の上にいたらしい

 

すると突然この猿がギャアギャアと叫び出した

威嚇だろうか、腰の骨がそんなに嫌なのだろうか

などと考えていたら、ジトメザルが増えた

数匹のジトメザルが参加し同じようにギャアギャアと叫び出す

威嚇とは少し違う気がした、なんというか、これは拒絶というやつだろうか

それはまあひどいことしたと思っているよ、けど若気の至りってやつじゃないか

なんでそんな人間みたいな嫌がり方をするんだ

 

男はなぜか悲しい気持ちになった

 

仕方なく背を向け、別の群れの本拠地へ向かう

背中に刺さる拒絶の矢が、男の精神を削っていく

男の姿が見えなくなるまで、声は響いた

 

意気消沈した男は気付けに川へ水浴びをする

どうにか切り替え、別の獲物から行くことにした

 

まずは機械リスだ

リスの本拠地はジトメザルのアジトから割と近い

 

男は本拠地に向かう

近くまで来ると、リスがだんだん増えてきた

やがて本拠地へ着く

奥からリスの親玉らしきものが出てきた

なるほど確かに親玉だ一回り大きい

しかし所詮はリス、小さすぎる

男は大きな声で威嚇した

ボスリスは全く動じず、体のわりに太い声で威嚇してきた

ふっ…効かぬわ…と思っていた矢先、周りにいたリスたちが襲い掛かってきた

男は全身をひっかかれまくった、情けない叫びをあげる

目を開けると気づ付けられそうなため、ぎゅっと目を閉じ、槍を振り回す

時々何かあたる感触がするが、それがボスかどうかはわからない

しまいには鎧の下にまで入ってきた

なけなしの薄い布を裂いて、リスが中に入り込む

男は叫ぶ

 

一方的な戦いはしばらくの間続いた

叫ぶ力も喉から消えた男はその場に倒れこんだ

リスたちが離れていく

 

薄く目を開けると、そこにはボスリスがいた

待っていましたとばかりに、ボスリスは男の目玉を殴る

感じたことのない場所に感じたことのない痛みが走る

これはいった、確実に目がいった、やばい

 

男はすごすごと引き下がる

戦うために作ったやりは、もはや歩行器具に成り下がっている

 

その日からしばらく、男は動けなかった

 

あれから男はできる限りの知恵を絞って傷の手当をした

一番聞いたのは水である、不思議なものだ

滝の裏に住んでいてよかった

深い傷は自作の針と糸で縫う

 

数日が経ち、男は動けるようになった

確実に失明したと思ったが、目は生きていた

だがまだ目がうずく

 

そのあとも道場破りは続く

しかしすべてにおいて返り討ちにあい、都度男は痛みに呻き数日は動けなくなった

作っておいた薬草は尽き、発熱の気配すらあった

自分が痛めつけた小動物たちに、さらに喧嘩を売るような真似をしている

こいつらに勝つことで、一皮むけるものと思っていた

だが現実はそうではない、勝てない

数の力で押してきた種族、正々堂々とエースを出してきて戦った種族

数匹との先鋒から大将(ボスではない)戦の種族

様々な戦いをした、男は一勝も挙げられなかった

特にルールは決めていない、しいていうなら男の心が折れるまでだ

勝利条件は相手のボスを殺すこと

ただし現実は厳しかった、どの種族もボスに行く前に手前に立ちはだかる

親衛隊みたいなポジションのやつらがクソ強い

または全員総出で襲いかかってきた、リスの戦法だ

男はボロボロになっていた

 

この道場破りも終盤戦

猪だ

様々な形で多くの種族に喧嘩を売ってきたが、機械イノシシほど最高に煽っている所属はない

なにせ頭骨をかぶっているのだから

そして男が最もいじめたのはこの猪族とジトメザル一族である

その片方にこの日、突入した

 

機械リスと同様、ボスが現れた

なんと期待以上、ボスとの一騎打ちだった

突入してくるボス猪に男は正面から立ち向かう

槍を横に構え、口に挟ませ突っ込んでくるボスを止めた

なんとなく、周りがざわついたようなきがした

そのまま横にひねりボスをひっくり返す

横倒しになった隙を逃さずに槍で突きかかる

すると脚で土をかけてきた、目に入るしかし男は下がらずに動かせるほうの目玉を

できる限り開ける

そこには突っ込んでくるボス、男は後ろ脚で踏ん張り槍でボスの脳天を狙って突く

槍は頭をかすり背中の毛を何本か切った

猪の下からのアッパーが男を宙に浮かす

すかさず槍を下に構える、とその時男は木に激突し木の枝をバキバキと折りながら地面に着地

すでにほぼ真下にいたボスが角を繰り出してくる

すでに槍の間合いを超えて、視界いっぱいのボスの顔がいる

とっさに男はボスに頭突きをした

ボスは石頭であった

 

気が付くと男は地べたに寝そべっていた

近くでウリボーが男の折れた槍をさらに粉々にして遊んでいる

 

負けたのだ、だがなぜだろう、なんだか初めてまともに戦えたようなきがした

いや負けたんだが、何ならボロボロだったんだが

起き上がると白く光るものが目に入る

拾ってみると、それは角だった、オオイノシシの角だ

いつだ?俺の突きがやったのか?しかし、答えはない

ふと森の奥を見ると、遠くに沈みゆく夕日を受け、橙色に輝く機械イノシシたちの群れがいた

その一番後ろのイノシシがこっちを向いた

すぐ前を向いてしまったが、男はあの猪がボスだと直感で感じた

腹の底から叫びたくなった、負けたんだが

白い角を握りしめ、なぜか笑顔で、ウリボーに挨拶し

男は颯爽と隠れ家に戻る

 

もちろん数日の治療が必要だった、頭が痛い

さらに粉々になった槍とボロボロになった大鎧の補強も必要だった

 

新調した槍と治したばかりのつぎはぎだらけの大鎧を身に着け男は出陣した

今日は最後の戦い、ジトメザル戦である

男の首には大猪の角が月明かりで白く光っていた

 

日の出より早く出た男は暗いうちにアジトの入口にたどり着いた

実は隠れ家を出たあたりから視線を感じていた

「見てねーで早くでてこいよ」

男はこの世界にきて初めて会話を試みた、初めて”相手に伝えるために”言葉を発した

するとジトメザルが一匹後ろから現れた

そして男の後をついてくる

入口あたりに来るとまた一匹きた

というより、入口で待っているようだった

まるで門番のように

前回とはえらい違いである

 

この森で男はあらゆる動物を殺め、いたずらにいたずらを重ね

暴虐の限りを尽くした、それはナマモノであれば大量虐殺に等しく

その成果を腰に巻いたり、隠れ家に飾ったりする様は

まるで前時代的なえげつない蛮人の振る舞いだった

そしてさらにそれを超えたいと思うかのように

今回道場破りなど思いついた

それがこの森で死んだ神の鹿への供養と神の鹿の仲間へのお詫びという名の言い訳だった

ついにそれが終わる

 

門番ジトメザルの後ろの霧の中から少し大き目なジトメザルが現れた

そして男を一目みると、背を向け、ゆっくり歩きだした

ついてこいと言われているような気がした

 

だまってしばらく歩いていく

霧が濃くなっていく

だんだん空が白んでいく

木の上に徐々にジトメザルが増えてきた

まさにジト目、じっとこっちを見つめている

もう叫び出す奴はいない

 

しばらく道なき道を歩いていく

方向がわからなくなってきた、どんどん森は深くなっていく

葉の色が暗くなっていく、ほとんど黒い

今までいた森は深緑といったところだ

こんな森があったとは…

 

突然開けたところにでた

緩やかに風が吹き、ちょうど顔を出した太陽

その日差しを受けた霧が輝いている

霧に木の陰や猿の影が映りこむなか、太陽を背に、こちらを向く大柄な猿がいる

 

ボスだ

 

「味な真似をする」

男はにやけながら声にだした

 

ボスジトメザルは大柄で身長は男より大きい

かなりガタイがいい

拳についているのは骨なのか、武器なのか

ごつごつしている

 

男は改良した大鎧と槍を握りしめ大猿に向かって声を張り上げる

おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

大猿は胸いっぱいに息を吸い、叫ぶ

があああああああああああああああああああああ!!!!!

 

周りの観客猿どももつられて各々叫び出す

 

すると霧が晴れ、日差しがまっすぐ差し込んだ

その瞬間、大ざるは飛び込むように走り出す

男も走りだした

 

猿は拳を男は槍を繰り出す

攻めと守り

互いに激しく当たりながら打ち合い、殴り合う

 

男の突きを猿が避ける

と同時に猿は槍を脇に抱え、折る

 

即座に男は腰から剣を取り出す

木の皮加工の練習で作った両手剣である

 

強度は抜群切れ味もよいが重い

猿はすぐに見抜き、間合いを詰めてくる

踏み込んで飛んでくる拳を寸前のとこで避けつつ

男はすかさず手に一撃を加える

今度は短剣だ

だが傷口が浅い、下がりながらで甘かった

猿はまた攻めに入る

 

1人と一匹は何合もやり合った

男はさらに予備の短剣、ナイフ、投げナイフ

苦無、マキビシなど思いつく限り作った武器で応戦する

全て強大な力の前には無駄だった

残すは最初に作ったナイフのみ

 

一瞬のスキを見つけた男はそこめがけて切りかかる

しかしそれは罠だった

ナイフを飛ばされ重い拳が男に重く当たる

一発で一瞬だった

男は負けた

 

よくよくみるとボスジトメザルは老獪な兵士の様だった

武器のように見えた拳は浮き出た骨だった

 

その時男は泣いた

大声で泣いた

最初は悔しくて涙がでたのかと思った

連戦連敗で一勝もできなかった

だから悔しかったのだと

だが悔しい気持ちはそれほどなかった

いや勝負である、負ければ悔しい、それはその通りだ

だがそれ以上に男の中で大きな思いがあった

 

自分はガキだったのだ

 

いきって暴れて

ボコボコにされてもなお

神様への何とかだとかいって

鍛えて備えて

いざ初めてみたら全然勝てなくて

また傷だらけになった

それでも繰り返し挑んで

考えて

工夫して

それでも勝てなかった

最後の最後まで一度たりとも勝てなかった

何が足りないんだ何がいけないんだ

男は気づいたのだ

なんやかんや言いつつ、まだガキだったのだと

最初にここへ来た時から何一つ変わっていなかった

ここまで容赦なく

他人の冷たさ、周りの怖さ、だれも助けてくれない環境

甘えられない環境、それでも頑張ってきたと思っていた自分

それが今爆発した

 

この感情は男には説明ができなかった

ただとにかく泣いた

悔しいのかもしれない

悲しいのかもしれない

もしかしたらうれしいのかもしれない

泣くときの理由って一つだけなのか?

感情って一色だけなのか?

泣くときってみんな一つだけの理由で泣くのか?

男はわけがわからなくなっていた

 

男はしばらく泣いていた

ボスジトメザルも観客のジトメザルも一言も発せず

ただ男を見つめていた

ボスジトメザルは男の目の前に立っていた

涙もでなくなり息もできなくなりぐったりしてきたところで

初めてまた上を見た

 

そこには老獪な兵士が立っていた

先ほどとは打って変わって穏やかな顔だ

勝ったからだろうか

 

その時男はふと疑問に思った

なぜ最初にここへきた時、全員総出で追い払ったのか

なぜ今回はすんなり入れてくれたのか

さらに道案内や道中の護衛みたいなことまでして

なぜなのか

 

思わずボス猿に語り掛けようとした

その時

背中側からこの神聖な空気をぶち壊すようにシャアシャアと変な声が聞こえた

 

エンゲツの群れである

 

彼らはおそらく男をつけていた

エンゲツは武器を使う猿だ

人間ほどではないが知恵がある

男にはわからなかったが、エンゲツにはわかっていた

今のボスジトメザルは男をもう許している

否、男にケジメを付けさせるために、この森に誘導したのだ

最初はまだそれに値しないとボスは判断した

だから追い返した

 

ボスジトメザルが許したのは自分が勝ったからではない

今までの男の道のり

調子に乗ってから今に至るまでの経緯をボスは知っていた

きっかけは大猪だ

彼は連戦連敗の中、ズタボロになりつつも、学び鍛えていった

その中でついにこの森の第3位の実力がある種族の猪と良い勝負をして見せた

角のかけらがその証拠である

元来機械獣は自らの体の一部は必ず回収する

これはドドフンヌを見れば明らかである

だがこの時猪たちはおいていった

しかもボスの角という貴重なものだ

 

ボスジトメザルはこれを一つの区切りと考えた

だからちゃんと会おうと決め、ここまで連れてきた

だがこれはエンゲツ達には読まれていた

 

シャアシャアと不気味な声を上げながらジトメザルの輪に近づいていく

鮮やかな青いスカーフのような毛並みのボスエンゲツが合図をしたとたん

一斉に襲い掛かった

 

ボスジトメザルは雄叫びを上げる。

観客猿たちも呼応しここに戦いが勃発した

 

男はわけがわからなかった

なんでここにエンゲツがいる?

オレを付けていたのか?

わけがわからないまま涙でカピカピになった顔をはたき

どさくさにまぎれふらふらとこの場から離脱する

エンゲツの亡骸は持っていなかった

 

土煙の舞う戦場、今まで戦っていた場所から離れる、

突然何かに肩をたたかれた

振り向くとそこにボスジトメザルがいた

一瞬殴られるのかと身体が硬直したが

ボスジトメは男を澄んだ瞳で一瞬見つめると

また戦場へ走り出していった

 

男はわけがわからなかったが

ひとまずこの場を離脱した

 

森をでて、隠れ家へ帰る

 

もう昼間だ

 

歩きながら、男は自分の体が軽くなっていることに気づく

鎧がボロボロになったから?

たくさん仕込んだ武器がなくなったから?

それとも血がたくさん出たからだろうか?

それはそうだがもっと他にあるとおもった

 

ここで初めて男は気づく

今までのはケジメだったのだと

悪いことをして今までずっと意味不明な言い訳をしていた

そして今まで道場破りを繰り返しタコ殴りにされた

その都度治療し工夫しまた殴りこんだ

ただ勝ちたいだけだった

でも勝てなかった

 

あのボス猿に負けた時、くやしかったんだと思った

だから悔し涙だと思っていた

 

でも今ならわかる

あれはそんな単純な涙ではない

 

今までの溜まっていたものが全部でたような

そんな涙だ

 

そうか男はおもった

俺は周りに育てられていたんだ

勝てっこないんだ

でもこれでいいんだ

何をどうやっても勝てないものには勝てない

どう頑張ってもよくならないことはあるし

そういうことのほうがむしろ多い

だからと言って自分より弱いものをいじめたり

周りにあたるのは間違いである

虐殺をしていた時はまさにガキだったのだ

なんという質の悪いガキなのだろう

それを各種種族はボコボコにすることで男を叩き直した

猪は角のかけらを与えた

大猿は肩をたたいた

 

男ならわかる

 

これがケジメなのだ

 

意識はしていなかった

やつらのほうが男よりも断然オトナだ

 

男は気付いた

ようやく気付いた、自分の鈍さに、大自然の力に、機械獣の知恵の深さに

自分の幼さに

 

隠れ家に近づいてきた

もう周りは暗い

 

真っ白な二つの月のあかりを受けながら

待ちに待った涙がでた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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