一瞬男は戸惑った、自分が言ったのかと思った
否、いうはずがない
なんで獲物をぶっ飛ばす時に、食事に使う道具の名前を口走る必要があるのか
ないだろう、自分ではない、では誰が…
ワコである
ワコは獲物をぶん殴ったあと、華麗に地面に着地し
男のほうを振り返って見ながら意味不明な言葉をしゃべりだした
「き!おうな!すみなべうちりんごりす!きしか!」
なにをいっとんじゃこいつは、てか結構長めにしゃべったぞ?
何語だ?いや、冷静に考えてみると、以前教えた単語の文字だけごちゃまぜ話しているのでは
一文字一文字はあっているが、なぜかそれぞれがバラバラに混ざってしまっている
おかげで意味をなしていない
だが状況的にあえて意訳するのなら「大丈夫!ぼくが君を守るから!さがって!」といったところか
とんでもねえイケメンに育ったもんだ、男は感心する、完全に親心補正が入っている
むくりと起き上がった獲物に対して、男が斧でとどめを刺す
獲物を木の棒に括り付け、ワコと一緒に隠れ家へ持ってかえる
帰り道もワコはべらべらと話し続けた
意味は全く分からないが、どうやら使っている単語は先日教えた単語をベースにしているようだ
バラしてしまうとほぼ意味をなさないが、本人は脳みそフル回転なのだろう
これは教え甲斐がある
しかしワコはよくしゃべる
あれから四六時中話しっぱなしである、男は最初は嬉々として熟語を教えていたが
ワコの語彙は増えるが熟語として覚えることはできず、単純に累計で五十音をマスターしただけだった
まあこれはこれでいいだろう、あとは組み合わせと工夫するだけの話だ
男は五十音図を木に彫り、部屋の壁にかけた、
ワコは駆け出し地蔵にもたれかかりながら五十音版をじっと見つめる
そして男は一つずつ音を教えていく「あ」「い」「う」…
形にして整理することで、ワコの中で、五十音が無事に体系化された
あとは組み合わせだ、ここで初めて2文字以上のものを(改めて)教える
最初は自分の名前である「わ」「こ」、短い名前でよかった
わ…お…、あ…お…、わ…う…‥こ、わ…こ…、
男はこのワコの覚え方を見て言い知れぬ恐怖を感じた
赤ん坊のそれではない、人間とは別種の知的生命体だと再認識したような感覚
その場で計算しながら、試行錯誤しながら、答えを出しているような、
何なんだ機械獣って、なんで言葉覚えられるんだよ
なんだかすごい勢いで吸収していきそうだった
男の中で、機械獣へのイメージが大きく変わった
彼らはおそらく、立派な知的生命体なのだ、だから、人間のような仲の良さも
道具を使うところも、会話するところも、振る舞いが知的生命体のそれであることも納得がいく
ただ、欠点を上げるのであれば、そこからもう一歩踏みでる存在がいなかったことだ
要は文明である。ここまで個々の文化が揃っているのに、それを自覚せず、守らず、ただ流れるままに
過ごしていたのだろう、それぞれの記憶は当人の中のみに置かれ、
彼が死んだ場合は土や同胞や別の種族に捕食され、知識経験は分断されたまま保存される
これだから進化しないのだ、記憶の積み重ねが起きないのだ
だからしいて言うのならこの森そのものが巨大な知的生命体といえるだろう
何千年、何万年たっているのか知らんが、その記憶はこの土地そのものに残っているはずなのだ
男は身震いした、想像以上にスケールの大きなことに、直感で気づいたのだ
いやこれはあくまで仮説である、これからそれを証明しなければ
同時に、男の中で、一つ可能性が芽生えた、もはや野望といってもよい
それは、人語を操る仲間を作ることである
男はさみしかった
ワコが現れ、共に戦い、過ごしていくうちに、忘れていた、「共に過ごす幸せ」を思い出した
相手が人間でも生物でなくてもこの際どうでもよい、意思疎通が図れるだけ十分だ
たとえそれが機械の塊だとしても、彼らには知能がある、こんなことが起こりうるのか?
機械が普通の生命体と同様に食物連鎖まがいの環境を構築し、ナマモノ達を間にいれずに
完結できている、こんなこと信じられない
そして個々の知能は高く、教えれば教えるほどどんどん吸収していく
さらに元々のポテンシャルも高い、
なぜ生き物である人間よりも先に、遠くの獲物に気づけるのか不思議であった
多分センサーのようなものが体についているのだろう、そして驚いたのは目である
きっとサーモスタットや暗視ゴーグルのような機能がある、そうでなければ説明できない
ずっと日中もばっちり起きていて、夜中も同様に行動できるはずがない
人間なら夜目に慣らすために日中は部屋に引きこもるなどしているし、野生なら日中は寝ている
ありえないなんていう能力の高さなんだ
男はますますこの島に、この生物たちに、この世界に、興味を持った
今までこのすべてを知るために、自分一人で探検をするつもりでいた
だが、ここへきて希望の光が差し込んだ
ワコである
教えれば吸収する、そして自分の意思で考え行動もできる
これはもしかすると仲間を作れるかもしれない
手分けして探検をする、ということができるかもしれない
なによりその探検の成果や発見したことを記録し後世に伝えられるかもしれない
伝えてくれるものが現れるかもしれない
もちろん教えるのには膨大な時間がかかるだろうが
そんなもの、後のリターンを考えればなんてことはない
男は震えた、自分一人でやるつもりだった、だが飛んでもない生命に出会った
この日から、男はワコに色々な言葉を教え始めた
もはや対等な立場で会話ができるように育てていった
やっと話し合える仲間ができる、つながりができる
もう当の昔に失ったつながりを、もう記憶にもない仲間を、ここで作れるかもしれない
男の眼が潤んだ
それは新たな知識を得た喜びでもあり、つながりを得たことの喜びであった

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