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晴輪物語【始記】 12 きょうふ | 晴渡計画

晴輪物語【始記】 12 きょうふ

観光

男はやっと落ち着いた。

やっとまともに立てるようになった。

呼吸をしていなかったことに、やつが走り去ってしばらくしてから気づいた。

 

なんなんだあの熊は、圧倒的だった。

 

本当に怖いものを見た時、人間は絶叫したり逃げまどったり抵抗すると思った。

いや”できると思っていた”

本物の恐怖に出会った時、その場から力なくへたりと座ってしまい、立てなくなる

抗う気力がわかず、ただ眼だけで恐怖を見つめることしかできないものなのだ。

何もできなかった。まだ体が震えている。

あの時、男はそのまま食われていたかもしれない。

 

某山奥に、人間を丸のみできる熊がいるとか噂を聞いたことがある。

いるんだな、本当に。

 

この辺の主だろうか。

男はあの熊を「オオヅツ」と名付けた。

大砲のような足音、ガトリング砲のような雄叫び。

あれが大筒でなくてなんだろうか。

 

もう二度と会いたくはないが、名前を付けることで

少し恐怖が和らいだ。

なんでだろうか。名前を付けることで管理下というか、意識下におけるからだろうか。

 

まあ男なりの護身術である。

 

オオヅツの走っていった方へ草をかき分け進むと、大きな鹿が倒れていた。

腹が切り裂かれ、中身が出ている。だが中身は機械のようだ。

 

生物と違い、消化器官があるかはわからないが層のようなものが重なり合っている。

まあほぼ食われていてわからないが。

ここで一つ分かった。機械獣は機械獣を食べる。ということ。

食事方法は生物のそれと同じのようだ。柔らかい腹を食べる。

だが、頭や角や脚なども食べられていた。ひどい有様だ。

無傷なのは背中くらいだろうか、角がなければ鹿だったかどうかもわからないだろう。

ひどい行儀の悪さだ。

 

とはいえ、せっかくの研究対象である。

ありがたく観察させてもらおう。

ビビりまくっていたが、食事シーンも見てみたかった。

バリバリと音がしたのだろうか。

痛いのだろうか。

食ったもんは栄養になるのだろうか。

そういえばこの機械鹿には核がない。

相手の核を食べて取り込むことで強くなるのかもしれない。

というかそれが一番の栄養源なのかもしれない。

 

とりあえず、無事な背中の毛皮のようなものを剥いでみる。

すごい、ちゃんと毛皮だ。だが触ると毛が硬い。

柔軟性はあるが芯があるような硬さだ。

これはひょっとして鎧に使えるのでは?

 

次にオオヅツにあった時、まあほぼ役には立たないだろうが

護身用として鎧をこしらえるのもありかもしれない。

そもそもでかい熊にばかり気を取られているが、小型のやつもいるだろう。

そういうやつに襲われた際の防具は必要だと思う。

ゼロから加工する技術は自分にはない。

それこそゼロから鍛え上げるしかない。

 

だが気になることがある。

なぜ男は食われなかったのか。

走っていった直後にここまでの大鹿をほぼ完食している。

ということは腹は減っていたということだ。

 

そしてあの時間違いなく目が合った。

捕食されていてもなんらおかしくない状況だ。

でもあいつは素通りした。

 

なぜか。

 

人間は好みではない?

味気ない?

鹿のほうがおいしい?

量が欲しい?そりゃ手羽先一本と鹿の丸焼きなら丸焼きだろう。

 

一瞬男の頭にある考えがよぎる。

 

もしかして、機械は機械を食べるのか?

ナマモノには興味がないのか?

核をしっかり食べているあたり、何かを外部から補給する必要はあるようだ。

とすると、生物では得られないものなのだろうか。

 

まあ考えても仕方がない。

食欲はわかないため、しばらくオオヅツの足跡をたどってみることにした。

 

大鹿の体から、毛皮や金属パーツというか、何か役に立ちそうな部分を拝借した。

特に角は、振り回せば大剣のような役目が果たせそうだった。

見た目のわりに、軽い。

まあオオカミくらいなら追い払えるだろう。

 

ハイエナのようなみじめな気分になりつつも、ハンターのような素材集めができて

久しぶりにうれしい男は、機械熊の後をしばらくつけることにした。

 

 

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